たそがれ清兵衛視聴す

【0.はじめに】
 どうして今のタイミングかは分からないが、気になっていた映画が金曜ロードショーで放送された。
 あの当時は特に意識はしていなかったけれど、ヒロインは伊右衛門のCMでおなじみの宮沢りえで、江戸時代の庶民の妻というのはジャストフィット。
 主人公は真田広之。「亡国のイージス」もそうだったけれど、普段はさえないおっさんだけど、やる時はやるというようなキャスティングには既視感を覚えるなあ。
 まあ、こっちの方が先行作品かもしれないけれど、だとしたらそれだけ影響力のある作品である。見ないのは損だ、とばかりにチャンネルを合わせたぞ。


【1.イントロダクション】
 時代は幕末。出羽国海坂藩の下級藩士清兵衛は、妻を労咳(結核)で亡くして以来、妻の治療費の返済のための内職と、二人の娘と老母の世話に追われていた。
 業後のつきあいを断り、仕事が終わるたそがれ時にいなくなる清兵衛を同僚たちはたそがれ清兵衛と揶揄していた。
 ある日、事件が起きる。
 清兵衛は城の倉番の役職に就いているのだが、藩主が見学をしたいと言い出したのだ。生活に追われる清兵衛はろくに身なりも整えずに藩主の前に立ったために、お小言を頂戴してしまう。
 上司からは叱られ、うるさ型の本家の伯父も自宅に訪問して説教し、挙げ句の果てには後家をもらえと言われる始末。


【2.今になって分かる味わい】
 はじめの生活に追われる描写から、なんとなくお涙頂戴路線かと思いきや、そこはそれ。この清兵衛お小言頂戴事件から物語は何となく明るい方向へ動き出す。
 しかし、この事件も当事者にしてみればなかなかの一大事だ。
 10年前の俺だとこの痛みが分からずに笑い飛ばすか欠伸をしていただろう場面だが、社会人として多少ひーこらこいた今なら深刻さが身にしみるぞ。
 うまいなあと思ったのが、この場面の気まずさを表現するのに、清兵衛のいたたまれなさにスポットを当てずに場を取り繕うと奔走する上司を中心に描写していること。
 この場面を痛みだけではなく、上司の滑稽さと清兵衛の上司への申し訳なさを表現させているのが味わい深くていいぞ。
 そうそう、仕事のミスなのに、ここいらで私生活に干渉してくる人がいる辺りも何となく身につまされるぞ。


【3.胎動する物語】
 さて、伯父の後家紹介を断り、相変わらず城勤めと内職に精を出す清兵衛の元に、江戸勤めだった幼なじみ飯沼倫之丞が現れる。
 時は幕末。倫之丞は清兵衛にキナ臭くなる情勢を告げるとともに、清兵衛が幼い頃遊んだ妹朋江が嫁ぎ先から離縁して戻ってきていることを告げるのだった。
 その日、清兵衛が帰宅すると、なんと話題の朋江が清兵衛の家に!
 我が家のむさ苦しさに恥じいる清兵衛だが、朋江はあくまで自然体だった。

 けして器用な人間ではない清兵衛。そんな事は分かりきっているのだけど、この朋江を前にしたあわてぶりや、朋江が黙り込んだときに何を話せばいいのか分からない気まずさとかは身につまされますな。
 つうかなんですか、この三次元における恩赦は!?
 とか思っているとこの恩赦、とんでもないハードルを伴っていたのであった。


【4.エンターテインメント性の発動】
 飯沼家に朋江を送り届けると、一騒動起きていた。
 朋江の別れた夫である甲田豊太郎が暴れ込んでいたのだ。居合いの名手である甲田は、妻に逃げられた男という不名誉に対する怒りを倫之丞にぶつけ、果たし合いをしろという無理難題をふっかけたのだ。
 見かねた清兵衛は二人に割って入り、倫之丞の代わりに甲田と果たし合いを引き受ける。
 翌日。川原で待ち受ける甲田の前に清兵衛は短い棒きれを一本もって立ち向かい、勝利を収めるのだった。

 ……どうみても強そうではない男、清兵衛。
 居合いの名手が振るう刀の前に、リーチの短い棒きれで立ち向かうその姿は絶望的としか言いようがない。
 が、意外や意外、清兵衛は強かった。
 相手に刀を抜かせない、抜かせてもはじめの太刀をかわし、次の一撃の前に相手に一太刀見舞う。
 このアクションシーンの意外さ、格好良さは必見。


【5.夢のような日々】
 それからというもの、朋江は度々清兵衛の家を訪れては、掃除をしたり、娘たちへ歌や踊りなど、女の子らしい遊びを教えていき、汚らしかった井口家は見違えるように華やいでいく。

 これが、これこそが幼なじみという属性の威力なのか。
 つうか、もはや毎朝起こしてくれたりタコさんウィンナーの入ったお弁当を作ってくれる幼なじみのレベルじゃない。
 口元を手ぬぐいで覆って綿ぼこりの飛ぶ布団の手入れをする姿はもうメイドさん
 ……いや、娘たちと戯れ、祭りに連れていく姿はもはや嫁。

 なんかね、もうすげえ印象に残っているんですよ。
 普段であれば娘と内職をしている清兵衛なんだけど、この日の夜は朋江と娘たちがお手玉をしたり、歌を謡ったりして楽しそうに遊んでいるんですな。
 それを眺める清兵衛はけして疎外感を抱いているのではなく、安らぎと憧憬を抱いていることが分かるわけですよ!
 ……これが、これが嫁の、三次元の威力なのか。
 家族の温もりというお父さんマシーン(By佐藤友哉)を動かし続ける核融合機関の温もりなのか。
 いずれ、この場面の心情もこの魔法使いに分かる日が来るのだろうか。
 とは言え、結婚は人生の墓場という言葉もあるので、この場面のうま味はこうして遠くから眺めて分かる気になっているのが一番いいのやもしれん。
 まあ、それを言ったら就職も人生の墓場だとは思うのだけど。


【6.そして――おしまいに】
 話を本編に戻す。
 着かず離れずの日々を送る清兵衛と朋江を見た倫之丞は、二人を結ぼうと考える。
 とある夏の日に清兵衛を川釣りに誘った彼は、朋江の気持ちを清兵衛に伝え、後家に貰わないかと持ちかける。その時の清兵衛の回答とは――。

 以降はネタばらしになるから書かないが、この作品を嫌いになる人はそういないと思う。
 脇にある何気ない風景も幕末という時代を思わせるし、清兵衛が生活に追われるのをやめるわけには行かないことを押しつけがましくなくきちんと描写している。
 作品としての密度は濃いし、きちんと四季の移り変わりも描写している。日本のいいところも暗部もさらりと味わえるぞ。

 最後の果たし合いは、殺陣とといい、ドラマといい、見ていて損はない。
 清兵衛と同じような来歴を持ちながらも、清兵衛とは対照的な生き方を選んだ男との対峙、つーのはやはり燃えるシチュエーションでございますですね。
 果たし合いの前のなんとも言えないやるせなさの漂うシチュエーションは、本当にこれで戦えるのかとひじょうに心配になる。だからラストにある救いには、ひじょうに心洗われる。
 納得のエンディングだ。
 多少ご都合主義だけど、そこはやはり現代で江戸時代を映して得られるファンタジーだから許せると思うのだ。

 最後に、番組中に挟まれるCMなのだけど、サントリー伊右衛門ではなく、別の飲料メーカーなのが気になったぞ。
 まあ、本編では宮沢りえのお相手は真田広之であり、別の者が夫を演じるCMは作品の雰囲気を壊すとも思うのだけど。