館山の海はイカ王国
【1.♪挑発されたい 刺激的に 情熱的にね♪】
NHKの番組表を見ていたら、妙なタイトルの番組があった。「知られざる野生〜東京湾のイカ王国〜」
……これは、なんかの挑戦なんだろうか?
そう考えるのは間違っているのだが、しかしピンと来るものがあったのは事実だ。
レコーダーの予約操作は簡単だ。
ボタンをぽち。
かくして、翌日の業後には番組を視聴する私がいた。
【2.♪全て静かに 進化している♪】
さて、番組タイトルは東京湾となっているが、舞台となっているのは館山の海で、厳密に言うと浦賀水道と表した方がいい。
海岸から館山の海を眺めると、岸近くの浅瀬に黒い部分が見られる。海底に茂るアマモという海草の草原がその正体だ。
ワカメやコンブと同じく海中に生きる植物だが、これらが胞子で増える藻類であるのに対し、アマモは陸上の生活に適応した植物が再び海へ進出した物――種で殖える海草――だという。
そのルーツはパンゲア大陸の分裂にまで遡る。大陸分裂により、幾つもの浅い海が生まれたことにより、海底でも充分な日光が確保できる事から、アマモの祖先は海中へと進出したのだという。
陸上から海へ帰った植物はアマモ一種類だけだが、それを実現出来たのは、細胞壁の構造にある。
植物の細胞壁には体内の塩分を排出するポンプの働きがある。アマモはその働きを増やすため、細胞壁をぎざぎざにして面積を増やし、海水の塩分の対策としたのだ。
【3.♪二人で 逃げ場所探して♪】
さて、アマモの草原は様々な生物に隠れ場所と食事の場を提供している。
ゴンズイ玉といわれるほど密集した群れをなすゴンズイもこの場所では群れを解き、個別で行動して繁殖する。
アマモに生えた藻はボラのエサになり、枯れたアマモはプランクトンの栄養源になる。
そのプランクトンを幼い頃に捕食するのが、番組のタイトルになっているカミナリイカである。
【4.♪真っ白な 地平の 向こうから アイツの影が 俺を呼ぶんだ♪】
カミナリイカは体長50センチのイカで、昼間帯は深海に潜み、夜間になるとアマモの繁茂する浅海まで浮上し、魚を捕食する肉食動物だ。
名前のカミナリは某有名ポケモンのように電気を放つから……ではなく、体表の模様が稲妻のようだから、この名を頂戴している。
イカの推進力はあの細長い頭の外縁部にあるヒレ――外套膜――と、頭と胴体の間にある漏斗と呼ばれる器官から噴出するウォータージェットによる。
高速で巡航するときは頭を先にして進み、狩猟をする際は脚を先にして進むように使い分けをしているように見える。
驚異的なのは、このカミナリイカの狩猟だ。
タコは8本、イカ10本。
よく言われる脚の数だが、映像のイカの脚は10本ない。
さては捕食動物に食いちぎられたかというとさにあらず。
獲物であるクロサギの稚魚に、カミナリイカがその体長くらいの距離にまで接近した時に信じられないことが起きた。
脚の間から白いものがにゅっと伸びて稚魚に触れた次の瞬間、カミナリイカはむしゃむしゃと稚魚を食べていたのだ!
8本の脚の間に隠された長い2本の触腕がその威力を発揮した瞬間であった。
他の足は捕獲した獲物の抑えつけ以外に、意外な用途がある。
海底近くの獲物に忍び寄る時、最も外側にある2本の脚を使ってカミナリイカは身体を水平に保ったまま海底を歩く。
無脊椎動物のクセに極めて巧みで、高度な身体の使い方をする。
ざっくばらんに言えば、カミナリイカは脅威のテクノロジーを秘めた二つの形態を持ち、ステキギミックが溢れるオトコノコの夢が炸裂した生命体ですよ!
つー事に尽きるです。ハイ。
ちょっと前に未来の地球の生態系を予測した『フューチャーイズワイルド』という番組では、2億年後の地球の支配者としてイカを想定していた。
確かにこれだけ妙で秘めたる能力があるとなると、進化の先を見届けたくなるものだ。
これだけ機能が満載された生き物だけど、カミナリイカの寿命は短い。
夏にアマモの茎に産み付けられた卵から孵ったイカの幼生の大きさは1センチにも満たず、食物連鎖の下層に位置する。
それから半年をかけて30センチほどの大きさに育ち、翌年の夏に生殖と産卵の後に寿命を迎える。
【5.♪深い眠りを 解き放つように 君の心に パルスを送る♪】
イカのことは大体書いたから、後は他の生き物の感想を思うままに。
陸から海へ進出した植物があったこと、このカテゴリに属するのがアマモ一種だけだった事に驚いている。
アマモは、イネなどと同じ単子葉植物だ。単子葉植物は大半が草なのに対し、たまにヤシやタケなど他の植物とは似ても似つかない形態になり、このような変種を生み出すのは興味深い。
そういえば、作家の森見登美彦氏は大学院でタケの研究をしていたのだけど、NHKのトップランナーで出演した時にこんな事を言っていた事を思い出した。
「タケって不思議じゃないですか。宇宙から来たんじゃないかって思わされる」
お説ごもっとも。単子葉植物はストレンジな種類が多い。
勿論、海生動物も毛色の変わった奴が多く、見ていて飽きなかった。
ゴンズイ玉のあのウネウネした感じはなんかアニメやゲームで見たような気もする。
ゴンズイ単体も、黒くて細長いボディに幾筋も黄色いストライプが走っており、口には8本もひげが生えているのがなんとも言えずユーモラスだ。
繁殖のための巣の争奪戦もオス同志が口をつき合わせて押し合うだけで、お互いを傷つけていないようである。傍目にはキスをし合っている様なBLな光景……うげふんうげふん! まあ、毒針を持っているにしては愉快で平和な連中なのだ。
色々新鮮で癒しになる番組だったけれど、同時に私としては幾つかネタになる示唆を貰えた番組でもあった。
余すところなく役立てますか。クジラのように。