田中角栄の昭和読む


 著者の位置付けによれば昭和を代表する首相は、東条英機吉田茂、そして田中角栄の三人だという。
 戦時体制の構築・突入、戦後体制の確立などを行った二人に対して、田中は戦後の金権政治を作り上げたという位置付けである。
 本書は、田中の生い立ちから実業家として財産を築いた戦前から終戦、そして終戦直後から実業活動で手に入れた資金や基盤を元に政治の場へ出馬して首相へ登り詰め、ロッキード事件で評価を落とし、最期を迎えるまでを丹念に追っている。

 田中については世襲なしで庶民からのし上がった実力派という見方もできるが、本書では、そうした基盤のない人物が首相にまで昇り詰めるまでの荒業や舞台裏について描かれている。
 金のバラまきや我田引鉄方式の人気取りなどは今や当たり前とされる政治家の得票手段だが、田中は取り分けそれを強力に押し進めた草分けであり、所属政党に多くの金を供出していたのも彼であった。
 また、軍隊経験や天皇へのアプローチなどは、田中の特異性を物語るエピソードとして収録されているが、後者は戦後教育を受けた現代人に通じる価値観とも言えそうだ。

 世相や価値観の違いと言えば、日中友好条約の締結などの国際関係に現れている。
 現代では北朝鮮やイランに向けた政策でロシアと中国は足並みを揃えることが多い。だが、当時ではソ連を牽制したい中国がアメリカに接近するために日本と友好関係を結びたかったという内幕は却って新鮮だった。
 印象的だったのは、再び軍国主義化する日本への警戒を訴える中国に対して、経済発展のためそんな余裕はないと切り返したエピソードや、ブレジネフへ領土問題を迫る姿だ。戦後日本の外交を否定する方や著者とは政治的指向が異なる方にも読んで貰いたいエピソードだ。

 内容に難があるとすれば、冒頭以外に田中支持者や、当時田中を支持した有権者の顔や声が見えないことだろう。
 序章にあったロッキード事件の後なおも田中支持を表明した雑貨店店主以外にも、全盛期に支持した者の声なども入れて良かったのではないか。
 田中のばらまきは政治家・有権者問わずに幅広く行われた訳だが、ただ利権だけでなく公共事業による利便性や日銭が死活問題だった生活者にとってはいかなる物だったのか。
 国民の支持を数字や空気ではなく、より具体的にすることで田中の功と罪のコントラストをより鮮明に浮かび上がらせることが出来たと思う。
 田中政権下に生き、多くの方に取材している著者ならではのアプローチをより進めればより良い本になったと思うだけに惜しまれる部分である。