誰も聴いたことのないビートルズの新曲と俺たちのオリジナルが世界のヒットチャートで勝負するんだ


【0.はじめに】
 のっけからで恐縮ですが、かわぐちかいじは大好きなまんが家の一人です。
 ただ単に私が軍艦ファンだからと言うわけではなく、ミリタリーを扱うときの視点・理想が軍事優先ではなく政治や平和への思いが感じられます。
 戦後民主主義世界の恩恵を浴しながらもミリタリーファンになった矛盾・屈託を抱くわしとしては、正義感・倫理観の匙加減が、アニメ・まんが的な氏の作風は親和性が高いようです。

 さて、そんなかわぐちかいじ氏の『ジパング』に続く新作は同じくタイムスリップによる歴史改変物であります。
 今度の題材はミリタリーではなく、音楽ではありますが、テーマがビートルズというところでまず惹かれました。
 だって戦後社会にあれだけ影響を与えたバンドですよ?
 音楽はさっぱり分からないのですが、かわぐちかいじとの組み合わせという事で魅力を感じました。
 それではスタート。


【1.あらすじ】
 2010年、日本。『六本木リボルバー』で活動するショウ、マコト、コンタ、レイの4人で構成されるビートルズコピーバンド『ファブ・フォー』は解散の危機にあった。
 テクニックは本物を上回ると言われ、リヴァプールで行われるビートルズ大会のデモテープ審査を通過した彼らだが、コピーバンドとして成功しようというマコトと、違う道を歩もうとするレイの間ですれ違いが起きていたのだ。
 最後のライブの夜、六本木駅のホームでレイを引き止めようとしたマコトは、彼の意思が堅いと見るや電車の前に突き落とし、自らも後を追う。

 二人を引き止めようと線路へ飛び降りたショウは、レイとともに昭和36年の吉祥寺で目を覚ます。
 途方に暮れる二人だが、やがてショウはとんでもない事を提案する。
 リヴァプールにいるビートルズがレコードデビューするのは1年半後だ。その前に二人でビートルズの曲を自分たちの物として世に出して世界的にヒットさせれば、彼らと音楽で競い合える上歴史にはない新曲が聴けるかもしれないというのだ。
 ダンスパーティでのトラブルを経ながらも、二人は芸能プロダクション『マキ・プロ』の女社長卯月マキに見出され、レコードデビューへの道を進み始める。


【2.感想】
 あの時ああしていれば、もしその場に自分がいればといったタイムトラベル物は、往々にして自分のアイデンティティや人生との対決になりますが、マコトの目標はビートルズと競い合う事。
 自分たちが愛し、目標とする存在を敵に回す展開はひじょうに熱いです。
 物語の牽引役であるマコトの生き急ぎっぷりも凄い。
 ダンスパーティの失敗は、観客の事を考えていなかったゆえの過ちなのに、日本での成功に背を向けてマキの前で世界を相手にしたいと語る姿は、ビートルズのヒットを後世で知っているとは言え、常識的にはありえません。
 色々な人の協力があったり、演奏する曲もコピーに過ぎないのにここまで自信たっぷりなのはある意味若者の特権だよなあ、とアラサーなわしは思いますです。
 あと、マコトにはかわぐち漫画の典型的なキャラクターのパターンを感じさせられます。
 『沈黙の艦隊』の海江田と深町、『ジパング』の角松と草加のように、かわぐちかいじの作品は、周囲から理解できない超然としたヴィジョンの持ち主と、泥臭い現実に足場を置いた人間の相克がいつもドラマにありました。
 危ない橋を渡るマコトはちょうど海江田や草加の系譜にあるようですが、現時点では地に足がついているショウは状況に流されるまま。対立しているのはマコトと同様に周囲から孤立しているレイの二人です。
 ビートルズという音楽史上の大物を相手に回すには二人の超人が必要なのか、はたまたどちらかが丸くなるのか。
 色々邪推はできますが、今後の4人のドラマや、ビートルズが巻き起こしたムーブメントやそれが歴史に与えた影響などが今後どう描写されるか楽しみであります。

関連日記:ビートルズ=/=リン・ミンメイ
http://d.hatena.ne.jp/senri_gusuku/20100109/1263022830