グレイス、デビュー


【1.そこはかとないセダンへの憧れ】
 私が子供の頃、マイカーというとトランクを後部に独立して持つセダンが主流だった。
 私の実家もご多分に漏れずセダン型の4代目アコードだったわけだが、免許を取り、ハンドルを握るようになると曲者だった。トランクが突き出た車体は、初心者に苦手な車庫入れの際に距離感が掴みにくいのだ。ぶつけなかったのは奇跡と言ってもいい。
 アコードが引退した後に来たのはハッチバックのフィット1で、どれだけ助かったかはわからない。
 それからしばらくすると、自動車の後部には車庫入れを助けるリアカメラが普及しだし、こちらの恩恵にも浴することになった。

 こうして人も道路もおおらかな宮崎で安心してN-ONEに乗っている私はふと思う。運転に慣れた今、カメラも付いていればセダンもさほど不便ではないのではないか。
 小賢しくなると、3ボックス型と言われるセダンのメリットも耳に入ってくる。
 曰く、後ろに独立したトランクを持つから、後輪のノイズや振動が入らなくて乗り心地がよくなる。
 曰く、後ろのトランクは別の箱だからこそ、追突事故に遭った時の安全性が高い。
 ただ、町中でよく見かけるタクシーのクラウンコンフォートのような直方体のようなデザインしか馴染がなかったし、高そうなイメージしかなかったので敬遠していたわけだが、グレイスの流線型のデザインを見た時、それまでの私のセダンのイメージは覆された。
 これは明らかに格好いい!
 しかも今時5ナンバーで販売するという庶民性は中々ではないか。


【2.そこはかとない疑問】
 そんなわけで少し遅くなったが、正式発表と発売がされたグレイスの日記である。
 発売の前情報として気にかかったのはフィット3がベースだと言うことだった。
 フィット3にそこまで悪い印象は抱いていなかったのだが、同じ車体をベースにトランクまで設けるとどうなるか。
 ダイハツのオプティとか、フィット1をベースにしたフィットアリアなどのやや寸詰まったデザインが頭に浮かぶ。
 ところが、グレイスのデザインはそんな『我慢』は感じられなかった。正式に発表された諸元やプロフィールを見るとホイールベースを延長しているというのだ。
 これって設計に無理はないのだろうか?
 そんなわけで、フィット3とヴェゼル、そしてグレイスの比較表を作ってみた。

発売 名称 車両重量(kg) 長さ(m) 高さ(m) ホイールベース(m) トレッド前/後(m) 排気量(CC) 出力(hps)
'13年9月 フィット3 HV 1080〜1140 3.955 1.695 1.525 2.53 1.48/1.47(HV,F,L)、1.475/1.465(S) 1496 110+29.5
'13年12月 ヴェゼル 1270〜1380 4.295 1.77 1.605 2.61 1.535/1.540 1496 132+29.5
'14年12月*1 グレイス 1170〜1200 4.4 1.695 1.475 2.6 1.48/1.47(DX、LX)、1.475/1.465(EX) 1496 110+29.5

 ご覧の通り、フィット3と同時期に発売にされたヴェゼルホイールベースは拡張されている。また、トレッドも拡大されていることが分かる。
 フィット3とヴェゼルの発売の期間は3か月くらいしか空いていない。グレイスの海外版であるシティは2014年1月発売で4か月の間隔だ。
 おそらく設計段階からこのサイズ変更は考えられていたのだろう。
 まあ、ベースと言っても軽自動車のように車台を共通化させるだけが唯一の方法という訳ではないから、ここは私も考えを改めないといけないだろう。


【3.動力・燃費】
 ただ、フィット3ベースというと、やはり気になるのがDCTを使ったパワートレーン(i-DCD)のリコール問題だろう。
 フィット3と同じシステムを採用したグレイスも6月と言われていた発売は遅れに遅れ、この12月になったわけだ。
 先行して販売されていた海外だとどうなっていたかと思いきや、MTとCVTしかなくハイブリッドの設定はなし!
 まあ、発売国が欧米ではなく途上国なのでハイブリッドは値段を上げる要素として敬遠されるのだろう。また、最近のCO2排出量も途上国が先進国を上回っているというし、環境意識がマーケット向けの製品という事もあるのだろう。
 ただ、海外版のシティで面白いのは、ディーゼルの設定がある事だ。
 新型デミオの躍進ぶりをみると、安価な軽油を使えるディーゼルは燃費問題への一つの解答のように見える。これならグレイスのディーゼルエンジンモデルも販売してほしい物だが――、新型デミオの人気はSKYACTIVE-Dの高圧縮比あっての低燃費に支えられた物なので、おいそれと真似はできないのだろう。

 さて、i-DCDに今後リコールが起こらないかは私には何とも言えないが、エンジン回りが改善されているのは事実だ。
 その一つが、燃費にある。
 フィット3はハイブリッドの最安値の燃費はリッター36.4キロ、FパッケージとLパッケージは33.6キロ、インチアップされたSパッケージは31.4キロだ。
 対するグレイスはDXとLXが34.4キロ。インチアップされたEXが31.4キロである。
 グレイスのLXはIRカットガラスやスーパーUVカットガラスを使っているから、フィット3ハイブリッド(以下、フィット3 HVと略す)のFパッケージ以降とおそらく同一の装備に相当する。このお勧めモデルでは、リッター0.8キロ勝り、4WDではグレイスは一律リッター29.4キロに対してフィット3 HVは27.6〜29.0キロだ。
 ベストカーでは、車高が低くなって空力が改善されたとホンダの方がインタビューに答えていた。たしかにグレイスの車高は50ミリ低い。加えてホイールベースが延長されているから直進性は良くなっているだろう。ただ、それだけで120キロ重い車体にここまで燃費の向上がなされるのか。
 JC08モードの燃費測定基準がどのようなものかは分からないが、やはりなんらかの改善はなされており、それは間もなくフィット3にも年次改良で反映されるのではないか。


【4.比較、グレイス!】
 さて、グレイスは5ナンバーセダンのハイブリッドというニッチな層の開拓を担っている。
 他社では、トヨタカローラアクシオハイブリッド(以下、カローラアクシオ HVと略す)が相当するわけだが、ライバルとして考えているのはプリウスだという。
 そのポジションはまさしく今年の4月に生産が終了したインサイトではないか。
 個人的にインサイトのデザインは大好きだ。プリウスに似ているとよく揶揄される流線型のクーペ風ボディは、プリウス2より先に世に出ていた初代インサイト譲りの物だった。
 インサイトの血脈は絶えたが、その魂を受け継いでいるのは心強い。
 だが、どこまで対抗できるのか。
 そんな訳で、ベース車両のフィット3 HV、グレイス、インサイトインサイトエクスクルーシブ、アクア、カローラアクシオ HV、そしてプリウスの比較表を作ってみた。

メーカー 名称 車両重量(kg) 長さ(m) 幅(m) 高さ(m) 排気量(CC) 出力(hps) 燃費(km/l)*2 ベースグレード価格(円)
ホンダ インサイト 1190 4.39 1.695 1.425 1339 88+14 27.2 193万
ホンダ インサイトエクスクルーシブ 1200〜1210 4.395 1.695 1.435 1496 111+14 23.2〜22.2 203万
ホンダ フィット3 HV 1080〜1140 3.955 1.695 1.525 1496 110+29.5 36.4〜31.4 168万1700
ホンダ グレイス 1170〜1200 4.4 1.695 1.475 1496 110+29.5 34.4〜31.4 195万
トヨタ アクア 1050〜1090 3.995〜4.030 1.695 1.455〜1.49 1496 74+61 37.0〜33.8 176万1382
トヨタ カローラアクシオ HV 1140 4.36 1.695 1.46 1496 74+61 33 198万
5ナンバー規制 - 4.7 1.7 2 2000 - - -
トヨタ プリウス3 1310〜1410 4.48 1.75 1.49 1797 99+82 32.6〜30.4 223万2000

 フィット3 HVの下限値であるリッター31.4キロはスポーツグレードであるSパッケージの物で、アクアでこれに対応するG'sグレードのページでは燃費の記載がなかったので、通常のアクアの範囲で記載した。
 また、トヨタ車は4WDの設定がないので、2WDのみで燃費比較をした。

 残念ながら、こうして並べてみるとインサイトの燃費と出力は相当見劣りするのは事実。そこからフィットハイブリッドを2代重ねてホンダは両面とも格段に改良していた。価格面でも、インサイトエクスクルーシブの203万に比べて195万と明らかな値下げがなされている。

 さて、ライバルたるトヨタ車と比較をしてみよう。
 カローラアクシオ HVと比べてみよう。サイズと重量はわずかに上回っているにも関わらず、燃費はDXとLXでカローラアクシオ HVに勝り、インチアップされたEXは劣る。
 ベースグレード価格はカローラアクシオ HVより安価だ。
 出力も、
 グレイスが110馬力(エンジン)+29.5馬力(モーター)=139.5馬力
 カローラアクシオ HVが74馬力(エンジン)+61馬力(モーター)=135馬力
 と合計値で上回っている。
 もちろん、ホンダとトヨタのハイブリッドの構造は同一ではないので、一概には言えない側面もあるだろうけれど。
 肝心のプリウスとの比較では、5ナンバーと3ナンバーの車格の差だけあってサイズは明らかにプリウスの方が上。99+82の出力も合計が181馬力で、相当な違いがある。パワーウェイトレシオをエンジンとモーターの合成値で見ると、プリウスは7kg/hps台、グレイスは8kg/hps台。

メーカー 名称 車両重量(kg) 長さ(m) 幅(m) 高さ(m) 排気量(CC) 出力(hps) 燃費(km/l) パワーウェイトレシオ(kg/hps)
ホンダ グレイス 1170〜1200 4.4 1.695 1.475 1496 110+29.5 34.4〜31.4 8.387〜8.602
トヨタ カローラアクシオ HV 1140 4.36 1.695 1.46 1496 74+61 33 8.444
トヨタ プリウス3 1310〜1410 4.48 1.75 1.49 1797 99+82 32.6〜30.4 7.238〜7.79

 グレイスの燃費はプリウスを越えているが、やはり車格の違いが出ている。
 ただ、それで片付けるのもつまらないだろう。もう一つ表をご覧いただきたい。

メーカー 名称 車両重量(kg) 室内長(mm) 室内幅(mm) 室内高(mm) 排気量(CC) 出力(hps) 燃費(km/l) ベースグレード価格(円)
ホンダ インサイト 1190 1935 1430 1150 1339 88+14 27.2 193万
ホンダ インサイトエクスクルーシブ 1200〜1210 1935 1430 1150 1496 111+14 23.2〜22.2 203万
ホンダ フィット3 HV 1080〜1140 1935 1450 1280 1496 110+29.5 36.4〜31.4 168万1700
ホンダ グレイス 1170〜1200 2040 1430 1230 1496 110+29.5 34.4〜31.4 195万
トヨタ アクア 1050〜1090 2015 1395 1175 1496 74+61 37.0〜33.8 176万1382
トヨタ カローラアクシオ HV 1140 1945 1430 1200 1496 74+61 33 198万
5ナンバー規制 - - - - 2000 - - -
トヨタ プリウス3 1310〜1410 1905 1470 1225 1797 99+82 32.6〜30.4 223万2000

 今度は室内のサイズを比較した。
 プリウスプリウスαのタクシーに乗る機会があったが、頭上に少し圧迫感を感じた事があったので、室内のスペースを比較してみた。
 こうしてみると、グレイスは室内高と室内長でカローラアクシオ HVよりも広いスペースを得ていることが分かる。
 プリウスとグレイスのサイズを比べてみよう。室内幅はプリウスが勝るが、室内長と室内高はグレイスに軍配が上がる。
 5ナンバー規制枠で収めたグレイスとしては、技術的には勝利と言ってもいいだろう。
 後は消費者がどう選ぶかだが、頻繁に5人乗りをするような使い方をしなければ、内部スペースとしてはグレイスの方が広く感じられるだろう。
 この辺りはMM(マンマキシマム・マシンミニマム=機械のサイズを最小にすれば人のスペースが最大になる)というホンダの哲学の面目躍如だ。

 そういえば、広報誌のホンダマガジンでは、グレイスのセールスポイントとしてリアシートの座り心地を挙げていた。
 グレイスのリアシートは上級クラスと同レベルの厚みを採用し、表皮もミニスカートの女性や半ズボンの子供に配慮して触り心地を女性にテストしてもらったという。
 シートのサイドやドアの内貼りも柔らかくした上、自動車のシートで一般的な表皮を貼り付けるのではなく、表皮を被せる方式を採用したので、包まれるような感覚を得られるのだと書いてあった。
 膝裏に当たる表皮も上級の素材を使用して、リビングのソファに負けない座り心地を再現しているのだ。
 グレイスはまず燃費とサイズでハイブリッドの第一線に立ち、居住性でプリウスに対向するというわけだ。
 ちなみに、シートについては文章だけでは今一だろうと思うので、我が愛車のN-ONEの後部座席の写真をUpしてみよう。

 座面や背もたれは肌触りがいいフェルトやコールテンのような毛が立った柔らかい生地を採用している。千鳥柄の部分がそうだ。ただ、座面から下のブラウンの部分はすこし生地の目が粗いのだ。グレイスはN-ONEで言うとシートの生地全てをこの千鳥柄にしているわけだ。


【5.まとめ】
 こうして見ると、グレイスはまず先行車種であるカローラアクシオ HVに対してきちんと優位性を確保し、その上でより上位の車種であるプリウスに対して5ナンバーという税制上の優位や価格、燃費だけにとどまらない別の味付けをして対抗をしているわけだ。
 こうなると、一度負けたインサイトの名前や、初代の知名度の低さから二番煎じという不名誉な烙印を捺されたデザインは残念ながらマイナス要因でしかない。こうした刷新の意味を込めてセダンのグレイスなのだろう。

 グレイスで面白いと思ったのは、それまでの常識と異なる価値観に基づいて作られているという事だ。
 5ナンバーという規制は日本独自の物であり、欧米に自動車を輸出しようとするならば、3ナンバー車こそが相応しい。だから国産車はどんどん3ナンバーに移行していくだろうとある自動車評論家が述べていた。
 ところがグレイスはインドやタイで販売が開始された海外版の4代目シティを日本向けに仕様を変更した物が5ナンバーになっているという事だ。
 途上国市場では5ナンバーは別に窮屈な車ではない。インドではスズキがアルトベースで800CCのエンジンを搭載したアルト800を販売した。アルト800の生産終了後は、1000CCパワーアップしたアルトK10を現在も売り続けている。
 また、20万ルピーだったアルト800はインドで最も安い自動車だったが、まだバイクが主流のインドの新中間層にはそれでも高いとの事で、10万ルピー(ワンラック、ワンラークと言われる)車としてタタ自動車のナノが誕生した*3
 623CCのナノも、日本の軽自動車とほぼ同じサイズだ。
 日本独自の規制だから不自由だとか遅れているだとか考える必要はないのだ。価値観が定まった欧米相手ならばともかくとして、これから我々にとって当たり前な成熟した現代社会を作っていく新興国には、日本の価値基準を勧めるのもいいし、それが予想外な贅沢として捉えられる場合もあるのだ。
 表のプリウスの寸法を見ても分かるように、3ナンバーだからと言って5ナンバーの規制を全て上回っているわけではなく、幅が5ナンバー枠より5センチ大きかっただけに過ぎない。

 自動車は実用品であると同時に、嗜好品であり、威信財でもある。
 今回の趣旨はグレイスとトヨタ車の比較だったが、例えば同じホンダ車でも室内幅と高さはフィット3 HVの方が勝る。どの車種と比べるかはそれぞれの消費者にゆだねられるし、どの車種を選ぶのが賢い買い物なのか、お買い得なのかはその人のライフスタイルや車への思い入れ次第と言ったところだろう。
 こうしてBlogを更新すると改めてグレイスへの憧れの気持ちも強くなったのは事実。かなり遠い将来になるが、乗り換えの候補としてグレイスかその末裔を候補に入れておきたい。

*1:海外版のシティは'14年1月

*2:4WD除く

*3:ちなみに、工場出荷時の価格は10万ルピーだが、販売店などを経由する段階で15万ルピーくらいになるという